果たして、自分の伝えたいことが、どれほどリトルに通じたのか。
  その後、舞美とリトルは何も口に入れず、黙ったまま何時間も過ごした。舞美はベッドに座り、リトルは部屋の隅で膝を抱えていた。
  どうすればいいのか、どちらにもわからなかった。
  自分が何をするべきなのか、考えがまとまらなかった。
「ミルディオーム……」
  舞美の頭に、懐かしい人物の顔が浮かんだ。
  ミルディオームと言う名の、どこまでも救いようのない女性。
  理解し合いたいと思っていたのに、最後までそれが叶わなかった相手。
  かつて、ミルディオームが舞美の大切な存在を傷付けたときも怒りを覚えたものだが、今は別種の怒りがわきあがってきていた。
  リトルをただの道具として扱ってきたことが、今のリトルの思考や性格から垣間見えた。
「あなたは何も思わなかったの? こんなリトルを見て、哀れには感じなかったの?」
  どうして、こんな育て方しかできなかったのか。
  考えても仕方のないことだが、舞美はその思考を手放すことができなかった。
  まるで、自分に対する怒りから逃げるように、ミルディオームへの嫌悪感を募らせていた。
  それが卑怯なことだとわかってはいたが、自分の一言が原因で人が死んだという事実を、正面から受け入れることはできなかった。
「ママ……」
  リトルも同じように悩んでいた。先ほどまで泣き続けて、今は涙が涸れたところだった。
  どうすればいいのかわからない。
  何をすれば舞美に喜んでもらえるのか想像がつかない。
  食べたいと言ったものを手に入れて来ても、笑顔一つさえ見られなかったのだ。
  今は母娘の関係になったはずだが、そんな感触は全く覚えることができなかった。

  母娘の関係――――。

  求めているものはそれだけのはずなのに、どうしてこうも遠いのか。
  自分より弱い人間達は当たり前のように手に入れているのに、どうして自分にはそれがないのか。
  街中で仲の良い母娘の姿を見て羨ましく感じたのは、一度や二度の話ではない。
  ミルディオームは長い間そばにいてくれたが、彼女に母親らしさを感じたことはなかったし、それを求めたこともなかった。
  本当の母親と手を繋いで街中を歩いてみたかった。リトルが求めているものは、実際のところその程度のものだった。
「ママァ……」
  しばらくすると、また涙が溢れた。
  このまま舞美とは、一生わかり合えない関係になってしまうのではないかと、それを恐れた。
  時間は静かに流れていき、やがて窓の外には夜の帳が下りていた。
  どちらも何も話さず、動きもせず、視線を合わせることもない。
  舞美は不老不死だが、リトルはこのまま衰弱死してしまいそうな雰囲気だった。
「私は……………………」
  舞美も悩み続けていた。
  自分の犯した過ちを、どう償えばいいのか考え続けていた。
  取り返しはつかない。謝って済まされるものでもない。
  それでも、自分にできることがあるとしたら、果たして何があるのか……。
「うっ……うぅっ……っ…………」
  リトルのすすり泣く声が聞こえた。
  彼女を泣かせているのが自分だということは、嫌と言うほど理解している。
  結局、全ての元凶は自分なのではないかと、舞美はそんなふうに考え始めていた。
「ごめんなさい……」
  どこの誰とも知らない相手に、舞美は謝ることしかできなかった。
  そして、こんな悲劇を二度と繰り返さない方法を、頭の片隅で考え始めていた。
「……………………」
  リトルは危険な存在過ぎた。
  母親である舞美以外のものを――正確には、母親である舞美でさえ躊躇いなく斬ることができる。
  結果的に死ぬか死なないかの違いがあるだけで、人を傷付けるということに何の躊躇いも持っていない。
  そんな危険な存在を、果たしてどうすればいいのか……。
「……………………」
  視線をリトルから、部屋のクローゼットへと移す。
  そこには、幾多の危険を退けてきた、舞美にとって唯一の武器が眠っていた。
  一対の短剣が、小箱の中で眠っているはずだった。
「私に……できることは…………」
  両手の拳を握り締めながら、舞美は考え続けた。
  自分にできることが、たった一つだけあるかもしれなかった……。