一年が過ぎた頃になっても、舞美とリトルの生活は順調だった。
毎日が穏やかに、そして楽しく過ぎて行った。
「ママ、これなーに?」
リトルは様々なものに興味を持った。自分の知らないものは何でも知りたがって、舞美がぐったりするほど質問攻めをすることもあった。
何百年も生きているのに、驚くほど無知な少女。
リトルの本当の姿が見えるたびに、舞美は密かに喜びを感じたものだった。
もう何も問題はないのではと思うほどに、リトルの雰囲気は純粋に明るくなっていた。
「ママ、リトルもそれ飲みたい」
ある日、リトルが要求してきたのは、舞美が風呂上がりに飲もうとしたビールだった。
「これは、子供が飲むものじゃないのよ」
「えーっ、リトルも飲みたいーっ!」
「だめよ。お酒は二十歳を超えて……って、この国だと十八歳だっけ? あ、そもそも、あなたそんな年齢じゃないわよね」
「えっ、リトルもそれ飲めるの!?」
「……年齢的には問題ないはずだけど」
リトルの外見だけを見た場合、限りなく問題はある。
だが、実際の年齢は三桁に及んでいるため、それを考えれば飲酒は何の問題もないはずだった。
「飲んでみる?」
「うんっ」
「じゃあ……はい」
開けたばかりの缶ビールを、そのままリトルに手渡す。
果たして、どんな味を想像していたのか。
リトルは缶を受け取ると、それを一気に口の中に流し込んだ。
「うぶっ!!?」
予想していた以上に酷い声だった。リトルが露骨に顔をしかめて、缶を口から離した。
「な、なにこれっ!?」
「あなたが飲みたいって言ったビールよ」
「まずいっ! うえっ、苦いよこれっ!」
「そういう飲み物なのよ」
「うえぇっ、喉が変な感じする〜」
「ふふっ……」
思わず笑ってしまった。
リトルの反応が面白くて、舞美は小さく肩を揺らしてしまった。
無意識の反応。
単純に面白かったから微笑んだだけなのだが、それを見たリトルはしばらくぽかんとした表情を浮かべた。
「リトル? どうかしたの?」
「笑った……」
「えっ?」
「ママ、今、すっごく優しそうに笑った」
「そ、そう?」
「うんっ、ほわ〜ってした顔だった!」
「ほわ〜って……」
指摘されると妙な恥ずかしさがわき上がってきた。自分がどんな表情をしていたのか想像もつかない。
対してリトルは表情を柔らかく変えていき、まるで子供のように無邪気に笑った。
「ママのそんな顔、初めて見た。ママってそんなふうに笑うんだね」
「今までだって笑ったことあったでしょう」
「うん、でも……なんか違うの。違ってたの。ママの笑顔、ホントに笑ってるのとはちょっと違う気がしてたの」
「そう……だったの?」
「でもね、今のは笑ってたよ。リトルにもそう見えたよ。だから……すごく嬉しい」
「リトル……」
リトルと暮らしているうちに、気づかされることも増えていった。母娘ごっこだと自分に言い聞かせても、今の生活を楽しんでいる自分がいた。リトルとの生活に、喜びを感じている自分がいた。
「……………………」
喜びを感じる一方で、不安が大きくなる。
このまま生活を続ければ、母娘ごっこでは済まなくなるのは明らかだった。
今の生活を続けていいのか。
リトルを信じていいのか。
いつか裏切られるようなことはないのか。
葛藤を抱えていた舞美の心を大きく揺さぶったのは、リトルのある行動だった……。