転機が訪れたのは、あるテレビニュースを観たことがきっかけだった。番組ではクローン技術に関する特集が組まれており、それに対する希望、あるいは問題点などを解説者が熱く語っていた。
「もしかして……」
ニュースを観たとき、リトルにある可能性が閃いた。
今では人殺しが悪いことだと言うのはわかるが、取り返しがつかないと決まったわけではない。もしかすると、取り返しがつくかもしれないと、胸を高鳴らせた。
「ママの大切な人が生き返ったら嬉しい?」
キッチンで昼食の支度をしている舞美に、リトルはそう声をかけた。
舞美は、何を言われているのかわからなかったようで、料理中の手をピタリと止めた。
「どういう意味?」
「だから、ママの大切な人が生き返って、また一緒に暮らせたら嬉しい?」
「それは……嬉しいかもしれないけど……」
リトルの意図するところが、舞美にはわからなかった。もしもの話をしたところで、何か意味があるようには感じられなかった。
「リトル、いったい何が言いたいの?」
「ママ、ディ・プって人のこと覚えてる?」
「何となく、だけど……」
舞美にとっては、随分と懐かしい名前だった。
かつて、不老不死である舞美の肉体に興味を持ち、実験サンプルとして捕獲しようとしてきた男のことだ。
しかし、彼の死後、随分と時間が経過しているというのに、何故リトルがその名前を出してきたのか、全く理解ができなかった。
「あの人の実験結果、まだどこかに残ってるかもしれないよ」
「実験結果って……残ってて、それで何の意味があるの?」
「あの人、色々研究してたでしょ? 不老不死の生き物造ろうともしてたし。だから、その研究資料を手に入れて、今度はリトル達が研究を続けていったら、死んだ人だって生き返らせることができるかもしれないよ」
「そんな……生き返らせるって……」
「そしたら、ママも嬉しいでしょ? ほら、ずっと一緒にいた女の人……あの人が生き返ったら、ママはもっと幸せになれるよね? リトル、もう大丈夫だよ。殺そうとしたりなんかしないよ。あの人と一緒に暮らしても、きっと大丈夫だよ」
「リトル……」
リトルが何を言わんとしているのか、舞美にもようやくわかってきた。
おそらくは、リトルなりに必死に考えた贖罪の方法だったのだろう。失われてしまったものは、再び取り戻せばいいと、そう考えたのだろう。
だが、常識的に考えれば、そんなことは不可能だ。失われてしまった命は二度と戻らない。だからこそ、命は尊いものなのだ。
「マリーを……生き返らせる……」
倫理的に問題があるかどうかはともかくとして、舞美にとって心を揺さぶられる話ではあった。
かつての幸せな日々が戻ってくることを想像すると、簡単に拒むことはできなかった。
「でも、生き返らせるなんて……あの人の研究資料が……あるかどうかも、わからないんだし……」
「それを探してみようよ。なくても、リトル達ならきっとできるよ。だって、時間はいっぱいあるんだから」
「それは……」
可能性がないとは言えなかった。
むしろ、かつて共に暮らしたゾワボの話を信じるのであれば、遠い未来で舞美は様々な能力を得ているはずだった。
「ねっ、ママ。今度はみんなで暮らそっ」
「みんなで……」
「あの男のほうは……なんて言うか、普通の人間じゃなかったはずだから、生き返らせられるかどうかわかんないけど……でも、女のほうだったら、きっとできると思うよ」
「マリーを……生き返らせる……」
夢のような話だった。
マリーもいて、リトルもいて、三人で仲良く暮らす。
そんな日々が来たとしたら、舞美の幸せは絶頂に達してしまいそうだった。
「リトルもね、謝りたいの」
「謝る?」
「ずっと前、リトル、あ人のこと殺そうとしたでしょ? だから、生き返ってもらって謝りたいの」
「リトル……」
「それで、許してもらえたら、今度は一緒に暮らしたいの」
「……………………」
まだ、夢物語の段階。
本当にディ・プの研究資料が見つかるのかどうかもわからないし、見つかったところでマリーを生き返らせる技術を得られるのかどうかもわからない。
実現する可能性は微々たるものかもしれなかったが、それでも目指してみるだけの価値はありそうに思えた。
「でも、死んだ人を生き返らせるなんて」
仮に技術を得られたとしても、そんなことをしていいのかという疑問が付きまとう。
自分の都合で死者を蘇生させるなど、それこそ冒涜にも等しい行為なのではないか。
生き返らせたとして、マリー自身がそれを喜ぶのか。
疑問と不安は尽きなかった……。
その夜、舞美は久しぶりにマリーの夢を見た。
各地を冒険して、安住の地を探し求めて、二人で日々を前向きに生きていた時代。
どんな苦難が襲ってきても、マリーがいれば乗り越えることができた。支え合い、励まし合い、未来に希望を持って生きることができた。
そんな日々がもう一度やって来るとしたら、舞美にとっては、これ以上ない幸せだった。
「マリー……」
世界が真っ白に染まり、その中心にマリーが立っていた。
名を呼んでも、返されるのは微笑みだけ。
マリーはただ静かに、舞美のことを見つめてくれていた。
「ねぇ、マリー。マリーは生き返りたいって思ってる? もう一度、私と一緒に暮らしたいって思ってくれてる?」
舞美の問いかけは、白い世界に溶けて消えていった。
マリーに届いているのかどうか、それさえもわからない。
「マリー、私は一緒に暮らしたいの。あなたを生き返らせる方法が見つかったら、生き返らせてもいい?」
白い世界に佇むマリーに向かって、舞美は必死に叫び続けた。
自分の望みが、叶えていいものなのかどうか、まだ判断がつかなかった……。
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