毎日は平和に過ぎて行った。
数年ごとに住む場所を変えなければならないという点を覗けば、何の問題もない生活を送ることができていた。
リトルのアルバイトは極めて順調。
本人の希望通り、貯めたお金を募金することもできていた。
あまりに平和すぎて、最近では王の世界にいたことが夢のようにも感じられてしまうほどだった。
「ゾワボがいなくなったのに、こんな生活になるなんて……」
人生、何が起こるかわからない。
ゾワボには申し訳ないと思うが、舞美は今の生活に満足していた。リトルの成長を喜ばしく感じていた。
「問題は私のほう、か」
マリーを生き返らせるために、ディ・プの研究資料を探すかどうか、その結論をまだ出していなかった。
最初に話が出てから、すでに三年以上が経過している。不老不死の肉体を持っているため、こういった問題は延々と考えてしまい、なかなか結論を出すことができなかった。
「でも、もう決めないと。これから先の生活にだってかかわってくるんだから」
マリーを生き返らせる方法を探すのか、それとも今の生活を維持していくのか。
悩んではいるものの、何年も実行に移さないあたりに、舞美の答えは隠れていると言えた。
現在の住まい――高級マンション最上階の窓から外を眺めながら、舞美は懐かしい想い出に浸った。
マリーと旅をした日々。
追手から逃れるために名前さえ変えて、幾つもの国を渡り歩いた。
当時はこれほど今ほど高い建物はなかったため、今の時代にマリーが生き返ったら、とても驚くだろう。
今の時代を改めてマリーと旅をするのも、それはそれで楽しそうに感じられた。
だが、自分が本気でそれを求めていないのは、誰よりも舞美自身がわかっている。
何故なら、今は孤独ではないからだ。
リトルと一緒に暮らしている。世界各地を廻って、数年ごとに新鮮な生活をスタートさせられる。母親としての目で、娘の成長を見守ることができる。
その全てに、舞美は大きな満足感を得ることができていた。
「これからのことも考えないとね」
リトルが成長しているからこそ、未来がどうなっていくのかわからない。しかし、それを楽しみとして感じることができる。

今は娘のことだけに集中していたい。

それが、舞美の中にある偽らざる本音だった。
マリーと出会うのは、想い出の中、あるいは夢の中だけでいい。
いつか遠い未来で再び会いたくなることもあるかもしれないが、少なくともそれは今ではなかった。
「それよりも……もっとあの子のことを考えないと……このままだと、いずれ就職したいとか言い始めそうだし」
これから、母親としてリトルに何をしてやれるのか。
母娘の生活は上手くできているつもりだが、今以上にできることがあるのではないか。
リトルが成長する一方で、最近は舞美も母親らしさを学んでいた。主に本を読むことから初めて、子供との接し方を学んでいた。
その中で、子供にとってとても大切なイベントを、今の今まで失念していたと、最近になって気づいたところだった。
「誕生日、ねぇ」
互いに普通の人間ではないため、今まで誕生日というものを祝ったことがない。そもそも、実年齢でさえ定かでないのだ。祝うという発想が今までなかった。
「まあ、実年齢なんて知りたくもないんだけど……」
自分はともかく、リトルを祝ってやりたいという気持ちはあった。本当の誕生日など知るはずもないが、何か特別な日をそれだと決めてしまうことはできる。
「あの子、今、何歳くらいに見えてるのかしら? 十八……二十……もうちょっと上?」
舞美が年齢にこだわるのは、ある理由があった。一応はリトルのためなのだが、果たしてそれを喜んでくれるかどうか。
一抹の不安を覚えながら、舞美は密かにリトルの誕生日の準備を始めた。
喜んでほしいという想いは、紛れもなく母親のものだった……。