舞美が予想した通り、その後もマリーは成長を続けた。外見が舞美よりも徐々に老けていき、体の動きも鈍くなっていった。
「もう、外でお母さんって呼べないわね」
ある日、向かい合わせの席で朝食をとっていると、どこか寂しげな様子でマリーがつぶやいた。
確かに母娘と言って他人に納得してもらうには、かなり難しい外見になっていた。むしろ、マリーが姉で舞美が妹と言ったほうが、すんなりと納得してもらえそうだった。
「舞美、行きましょう」
家の外では、マリーは舞美のことを名前で呼ぶようになった。
最初の頃は違和感があったが、それも数ヶ月経つうちに慣れていった。
見た目の関係は変わっても、幸せは続いた。外見が年上になっても、マリーは舞美のことを母親として大切にしてくれた。
いつの頃からか、母の日にはプレゼントを贈ってくれるようにもなっていた。
驚くほど穏やかな日々が続いて、舞美の心は常に満たされていた。時折、涙が出るほど幸せだった。
「年を取ると涙脆くなるって言うけど、私よりお母さんのほうが涙脆いわよね」
あるとき、マリーにそんなことを言われて笑われた。
気恥ずかしかったが、妙な嬉しさも感じられた。
「今が幸せ過ぎるからよ。あなたがいてくれるから、今の幸せがあるのよ」
「良かった。お母さんの娘になれて。もう娘って見た目じゃないけど」
「そんなことないわ。これから先も……何年経ったって、あなたは私の娘よ」
「うん、ありがとう」
互いを信頼し合いながら、時は静かに流れていった。いつか来る別れの時を感じながら、毎日を大切に生きていった。
外見が初老の女性に変わった頃、マリーは体調を崩しがちになった。明らかに体力が落ちて、外出する回数も減っていった。
近くの公園にある桜の樹を見上げるマリーを見ていると、かつてのマリーと重なることがあった。
「マリー……」
果たして、どちらのマリーに向けた言葉なのか。
永遠を生きる舞美にとって、マリーと過ごせるであろう残りの時間は、あまりにも短く感じられた。
季節は驚くほどの早さで過ぎ去って行く。
マリーとの別れを感じ始めた頃から、時間の流れが加速したように思えてならなかった。
「桜の花が綺麗ねぇ」
マリーが嬉しそうに言った。
「日本に戻って来てからは、マリーは桜の花が一番のお気に入りよね」
「ええ、今まで見たどんな花よりも、桜は綺麗だと思うわ。見てるだけで心が安らぐの」
「毎年見に来ましょう。二人で一緒に……」
「そうね。また、来年見に来ましょう」
約束をした。
子供のように指切りをして、来年の桜を楽しみに待つことにした。
だが、その年のマリーは急激に体調を悪化させていき、やがて自分で歩くこともできなくなっていった。
食事の量も減り、眠る時間が増えて、数年後にはベッドから下りられない体になってしまった。
「ごめんなさいね。舞美には苦労ばかりかけてしまって」
マリーが家の中でも「舞美」と呼ぶようになったのは、果たしていつの頃からだったか。
物寂しい思いを胸に抱えながら、舞美はマリーの体を濡れたタオルで拭いていた。
いわゆる介護生活。
舞美が世話をしなければ、マリーは食事さえ自分ではとれなくなりつつあった。
できるだけ長く生きてほしい。
一秒でも長くそばにいてほしい。
そんな願いを抱きながら、舞美は以降三年間の介護生活を続けた。
別れの時は、確実に近づいていた……。
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