「ねぇ、マリー」
果たして、その声が届いているのかどうか。
そんな不安を胸に抱きながら、舞美は右手に力を込めた。
握り締めたマリーの手は枯れ枝のように細く、今まさに命が潰えようとしていることを感じさせた。
「怖くはない?」
最新の介護用ベッドに横たわる老婆へ向けて、舞美は弱々しい声で尋ねた。
目元に涙を浮かべながら、喉の震えを必死に抑えていた。
対してマリーは口元に笑みを浮かべると、黙って首を左右に振る。視線を舞美と合わせると、握られた手を微かに握り返した。
「怖くはないわ。だって、ここに至るまでの人生……とても幸せだったもの」
「マリー……」
「こうして、一緒に過ごすことができた。それだけで、私の人生は満たされていたわ」
穏やかに、そして幸せそうにマリーが笑う。
もう思い残すことはないと、言外に感じさせる表情で……。
今、まさに終わりを迎えようとしている数百年の人生。
舞美は、まだそれを受け入れることができないまま、マリーの手を握り締め続けていた。
どうして自分以外に永遠はないのかと、最近はそればかり考えていた。
「私は……怖い……」
マリーの胸に顔を押し付けるようにして、舞美が震えた声でつぶやく。
目尻から涙が溢れ出し、マリーの服を濡らした。
「マリーがいなくなったら、私……どうしたらいいか……」
白を基調とした明るい部屋の中に、舞美のすすり泣く声が響いた。
小高い丘の屋敷。その一階にある部屋が、二人が長年使ってきた寝室だった。
今でこそマリーは介護用ベッドで寝ているが、以前はキングサイズのベッドを二人で一緒に使っていた。静かに眠ることもあれば、夜明けまで話をして過ごすこともあった。
そんな出来事の全てが、今は遠く儚い思い出に変わろうとしている。
「泣かないで。あなたの人生は、まだまだ長く続くのだから」
「続きたく、ない。死ねるのなら……マリーと一緒に死にたい」
「まあ、そんなことを言って……」
マリーが楽しげであり、悲しげな表情を浮かべる。
舞美の気持ちがわかるからこそ、彼女の心境は複雑だった。
自分が先に死んでしまうことの意味は、誰よりも深くわかっていた。
「ねぇ、舞美。私はあなたに感謝しているの。だって、私はあなたに救われたんだもの」
「私は……何も……。それどころか、私は、マリーを…………」
「あなたは私に多くのことをしてくれた。たくさんの幸せをくれた。でもね、今にして思うと、これは奇跡だったのではないかと思うのよ」
「奇跡?」
「たとえば、そう……いくつもの道があって、それはどれも違う場所へと続いていて……その中のひとつだけが、今の私達の関係だったのかもしれないと……そんなふうに思うの」
不思議なことを話しながら、マリーが肩を揺らして笑う。老いによって痩せた顔は、それでも尚、若かりし頃の美しさを残していた。
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