舞美が母親になることを受け入れてくれたことによって、リトルは数百年に及ぶ悲願を達成した。
母親が欲しい。
母親と一緒に暮らしたい。
その夢が叶ったことによって、リトルの生活は一変するはずだった。
「ママ、ご飯できたよ」
舞美の部屋を覗いて、リトルが明るい声をかけた。
手足が復元してから既に数日。
舞美は連日ベッドで寝てばかりいて、体を起こすのは食事、トイレ、風呂のときだけだった。
自分からリトルに声をかけることもなければ、食事を作るなどの世話をすることもない。
もちろん、頭を撫でることさえ、リトルはまだしてもらっていなかった。
「……ママ、ここに置いておくね」
ベッドのサイドテーブルに食事を置いて、その隣にリトルが座る。
朝食に選んだのは、食パン一枚と冷蔵庫の中に入っていた小粒のゼリーだった。
舞美は動かない。
寝ているわけではないのに、リトルに礼の一つさえ口にしない。
母親どころか、家族の一員にもなっていなかった。
そんな舞美が振り向いてくれるのを、リトルは待ち続けた。ここ数日、同じようなことが繰り返されていたが、舞美が食べ始めるまで、決して自分の食事にも口をつけなかった。
――ママと一緒に食べたい。
その願いを叶えるために、リトルはいつも舞美が食べ始めてから、自分も食事を開始するのだった。
求めるものは多くある。舞美にしてもらいたいことなど、数えきれないほどに溜まっている。
だが、リトルは我慢した。ここで我儘を言って、舞美に嫌われることのほうが怖かった。
舞美が動かない分は、自分が動けばいいと考えていた。
「あ……」
舞美が体を起こして、サイドテーブルの上のパンを手に取った。
口に運んだのを確認して、リトルも食事を始める。
会話らしい会話はない。舞美は視線を向けようともしない。リトルの存在など、いないものとして扱っているかのようだった。
「ねぇ、ママ」
「……………………」
「ご、ご飯、おいしい?」
「……別に」
質問すれば返事はしてくれた。少なくとも、リトルのことを完全に無視することはなくなった。
「そ、そうだよね。こんなのじゃおいしくないよね。リトル、もうちょっとお料理できるようになるから、それまで待っててね」
「……………………」
「ママ、何か好きな食べ物ってある?」
「……カルボナーラ」
「かる、ぼ……なーら? なにそれ?」
「興味があるなら自分で調べて」
「あ……う、うん」
具体的な作り方は説明されなかったため、リトルにとっては未知の料理だった。
調べろと言われても、どうやって調べればいいのかわからない。何百年も生きてきたリトルだが、何かの目的をもって本を探したり、パソコンを使って検索したりしたことは一度としてなかった。
「ど、どうやって、調べたらいいのかな?」
「……さあ」
「ママも……知らないんだ……?」
「そうね」
「……………………」
舞美も知らないとなれば、自分でやるしかない。カルボナーラの作り方の調べ方……の調べ方を探すしかない。
リトルにとっては、過去に経験したことがないほどの難題だった。
「かるぼなーら……かるなぼーら……かぼるなーら……」
食事を終えてから、リトルはひとまず本を探し始めた。
舞美の部屋には料理のレシピ本も幾つかあるのだが、そこにカルボナーラの作り方が掲載してあるとは想像が働かない。
リトルが探したのは、あくまで『カルボナーラの作り方』だった。
「……ないなぁ」
本に頼れないとなると、別の方法を考えなければならない。だが、それが思いつかない。
このままでは、舞美にカルボナーラを食べさせてやれないことに、リトルは焦りを感じ始めていた。
「どうしよう……どうしよう……」
自分ではわからない。舞美も教えてくれない。残された方法は、他の誰かに訊くことくらいだった。
もっとも、リトルには舞美以外に知り合いと呼べる人物はいない。カルボナーラの作り方を訊くにしても、完全な他人に尋ねなければならないことになる。
それならば、誰に尋ねればいいのか……。
「あっ、そうだ! 料理ができる人に訊けばいいんだ!」
思い立った瞬間には、リトルはもう走り出していた。
舞美の屋敷を飛び出して、街のほうへと駆けて行った。
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