第4話 1/4P

  カルボナーラの一件から一夜が明けて、舞美は久しぶりに部屋の外に出ていた。
  リビングのテレビをつけて、チャンネルをニュース番組に合わせると、案の定リトルの引き起こした事件が報道されていた。
  白髪の少女による凶行。
  アナウンサーは興奮気味な様子で、残忍な犯行であると語っていた。
  犠牲になったのは、まだ十九歳のアルバイト店員の女性。母親が泣きながらテレビに出て、犯人を捕まえてほしいと訴えている姿が、舞美の胸に痛かった。
「母親のためにカルボナーラを、か。この髪で街を歩いたら、きっと関係性を疑われるわよね」
  今の家にあまり長くは住めないことは、容易に想像ができた。
  あまり人と接触するのは避けてきたが、それでも舞美の存在を知る人物がゼロというわけではない。
  警察の捜査の手が伸びてくるのは、時間の問題と言えた。
「捕まっちゃったほうが楽かな。でも、そんなことしたら、またリトルが何をするかわかったものじゃないか……」
  これ以上の犠牲は出したくなかった。
  何かを守るためには、リトルはあまりにも危険過ぎた。

  ――許されない存在。

  再び誰かが犠牲になるのを避けるためには、リトルの命を絶つのがもっとも簡単な方法だった。普通の人間ではないため、いずれ復活するのかもしれなかったが、それでも一定の効果はもたらすはずだった。
  だが、それをするだけの気力が、もう舞美の中にはなかった。
  テレビニュースを観ながら何時間も考え続けたが、リトルを殺して解決するような気がしなかった。
  そもそも、今更リトルから解放されたとしても、自分は何をすればいいのか……。
  ゾワボはすでに殺されてしまい、舞美は心を折ってしまった。何もする気が起きなかった。
  むしろ、せめてもの償いの方法を考え続けるのは、舞美にとって久しぶりの『何かしている』という感覚を味わわせてくれていた。
「もう……失うものもないのなら……」
  償い方は一つしか浮かばなかった。
  それで、償いになるのかもわからなかったが、他に思いつく方法がなかった。
  せめてもの贖罪として、舞美ができることと言えば…………。
  リトルを殺す以外に、舞美ができることと言えば…………。
「リトル、私の言葉を……母親の言葉として、ちゃんと言うことを聞くことはできる?」
「え……?」
  突然の問いかけに、リビングの隅にいたリトルが涙で濡れた顔を上げた。
「私がダメだって言うことは、もうやらないって誓える? たとえば、人は殺さないとか、物を盗まないとか、ちゃんとお金は払うとか、そういうのを守るって誓える?」
「そ、それって……」
  リトルが徐々に目を丸くしていく。
  舞美が何を言わんとしているのか、すでに感じ取ったらしかった。
「守らなかったら、私はあなたを許さない。でも、ちゃんと守ってくれるなら……」
「くれる、なら……?」
「あなたの母親に……なってもいいわ」
「ホントに!?」
  目を輝かせて、リトルが舞美に駆け寄った。
  何百年も望み続け、しかしどうしても手に入らないと思っていたものが、今、リトルの目の前に存在しようとしていた。
「守るっ、守るよっ! ママの言うことちゃんと守るよっ!!」
「本当ね?」
「うん! 絶対守るから……だから……」
「わかったわ。じゃあ……今から私はあなたの母親よ」
「リトルの……ママ……」
「そう……ママよ」
「ママ……」
  リトルの目に大粒の涙が溜まっていく。
  舞美にとっては大切なものを奪われた存在だが、それでもリトルの母親を求める気持ちに嘘はなかった。
「ママァ!!」
  リトルが舞美に抱きつく。
  果たして、この瞬間をどれほど待ち続けたのか。
  舞美に戸惑いはあったが、両手をそっと回してリトルの体を抱いてやった。
  リトルの暴走を抑制するための母娘ごっこであっても――いや、母娘ごっこだからこそ、優しく接してやる必要があるはずだった。
「リトル、今から私の言うことをよく聞いて。母娘の関係を維持していくために、幾つかのルールを作るわよ」
「ルール?」
「きっと、たくさんあるわよ」
「人を殺しちゃだめとか?」
「ええ、それもルールのひとつ。あなたには、ルールを全部覚えてもらうわよ」
「うんっ、リトル絶対覚えるよ!」
  舞美に抱き付きながら、リトルが笑顔でうなずく。
  本当にルールを守れるのかどうか不安はあったが、まずは試してみるしかなかった。
  どうせ、意味のない永遠の人生なのだから、リトルがルールを守るかぎり母親でいてみようと、の舞美はそんなことを思っていた……。

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