命の尊さを理解し始めてから、リトルの中にはある変化が生まれていった。
犯した罪を償うため、より多くの『良いこと』を成し遂げようとしていた。
独自に勉強するようにもなった。
自分に何ができるのか、常にそれを探し続けた。
「これ、やってみようかな……」
ある日、リトルが見つけたのは、ボランティア募集の広告だった。今まで多くの命を奪い続けてきた人生だったからこそ、今度は多くの人の役に立ちたかった。
ところが、ここで想わぬ問題が発生する。ボランティア活動を行ってみたいというリトルの気持ちとは裏腹に、年齢制限に引っかかってしまい、断られるケースが少なくなかったのだ。
もちろん、リトルの実年齢は数百歳にも及ぶが、そんな話を信じるものはいない。そして、リトルの外見からおおよその年齢を判断されてしまい、リトルにできたボランティア活動は、結局近所のゴミ拾いくらいなものだった。
「どうやったらおっきくなれるのかな」
舞美に付き添ってもらえばボランティア活動にも参加できるのだが、それではリトルの気が済まない。
自分だけでも、ちゃんとボランティア活動に参加して、誰かの役に立ちたかった。
「おっきくなりたいなぁ」
果たして、その願いが通じたのか、この頃からリトルには肉体的な変化が訪れ始めた。
「リトル、胸が大きくなってない?」
ある日、舞美と一緒に風呂に入っているとき、リトルはそう指摘された。
「おっぱい? そうかな?」
「少しだけど、前より大きいような……」
この頃は、まだ舞美も半信半疑だった。おそらくは気のせいだろうと、そんなふうにしか思わなかった。
しかし、さらに数日すると、今度は別の変化に気付くようになった。
「リトル、あなた背が伸びた?」
今度は気のせいとは思えなかった。
リトルと向かい合ったときの顔の位置が、今までよりも少しだけ高かった。
「リトル、おっきくなりたいって思ってたから、それでおっきくなったのかな?」
「あなた、そんなこと思ってたの?」
「だって、おっきくならないと、ボランティアに参加できないんだもん」
リトルが成長したがる理由を聞いて、舞美は思わず微笑んでしまった。
本気で人の役に立ちたいと思っていることに、母親としての喜びを感じずにはいられなかった。
果たして、これはリトルの願いが何かに通じたからなのか、それとも命の尊さを理解して精神的に成長したからなのか。
どちらにしても驚くべき変化であり、不思議な感覚でもあった。
「ママ、服がきつくなっちゃった」
その後もリトルの成長は続いた。
髪が伸びて、顔立ちが少し大人びた。
わずかに声が低くなって、全体的に落ち着いた雰囲気を醸し出すようになった。
そして、数ヶ月もするとリトルの望んでいた外見に達し、ボランティア活動にも参加できるようになっていった。
「ママ、今日は遅くなるからね」
「気を付けて行ってきなさいよ」
「いってきまーす」
リトルの活動は積極的だった。誰かのためになることがしたいという一心で、毎日のようにどこかに出かけて行った。
最初の頃こそ、舞美も不安になって一緒について行ったものだが、最近はリトルだけで行かせることが多くなっていた。
「こんな日が来るなんてね……」
舞美がしみじみとした様子でつぶやく。
この数ヶ月は、本当に母親の気分だった。子供が成長する親の気持ちを、初めて感じることができていた。
「リトルは少しずつ前に進んでる。自分なりの生き方を見つけようとしてる。きっと……もう大丈夫よね」
今のリトルであれば、舞美は何の不安もなく信じることができた。
すでに共に暮らし始めて数年。リトルの気持ちを疑う理由はどこにもなかった。
リトルは優しい子に育ってくれた。それは、今の舞美にとって、何よりも誇れることだった。
このまま健やかに成長してくれることだけが、舞美の願いでもあった。
「まあ、まさかある日突然彼氏を連れて来たりとかはしないと思うけど……」
不安があると言えば、リトルの将来についてだった。
外出が増えれば、その分だけ人に見られる機会が増えるということだ。そのとき、リトルを気に入った男性が現れないとも限らなかった。
「あの子、恋ってできるのかしら? 恋したら……まずいわよね? 普通の人間じゃないんだし……でも、もしも、誰かに本気になったりしたら……」
最近は、頭の中で様々な可能性を考えるくせがついてしまっていた。
もしも、リトルが誰かに恋をしたとしたら、舞美は母親として応援してやるべきなのか、それとも止めてやるべきなのか。
リトルが失恋して泣くような事態は避けたかったが、恋が成就して幸せになるイメージを膨らませるのもなかなか難しかった。
「世の中のお母さんも、こんなこと考えてるのかしら?」
母親としての悩みを抱えながら、舞美は別のことにも思いを馳せる。
マリーを生き返らせるという話も、いつまでも答えを出さないわけにはいかなかった。
「本気で考えるなら、ディ・プの研究資料を探さないといけないんだけど……」
マリーを蘇生させ、再び共に暮らす。
舞美にとっては夢のような話だが、自分の都合でマリーを生き返らせていいのかどうか、その判断がいまだにできていなかった。
もしも、マリー生き返らせたとして、そのことを咎められでもしたら、いったい自分はどうすればいいのか。
マリーに本気で嫌われてしまうのではないかと、それが怖くてたまらなかった。
「最後の最後であなたに嫌われるなんて、そんなことにはなりたくないものね……」
マリーを求める気持ちはある。
だが、遠くへ逝ってしまった人達のことは、想い出にしまっておくほうが良いのではないか。想い出を求めすぎることは、過去にとらわれているだけなのではないか。
様々な疑問が、舞美の頭の中を巡っていた。
「それに、生き返らせたとしたも、そのあなたもいずれは…………」
日本の明治時代、マリーが静かに息を引き取ったときのことを思い出して、舞美は目頭を熱くさせた。
何百年も連れ添ったパートナーに去られるのは、とても辛いことだった。仕方ないと頭では理解していても、なかなか感情が追い付かない。
当時、舞美なりに気持ちの整理はつけていたが、それで悲しみが完全に癒されたわけではないのだった。
果たして、マリーを生き返らせるために、ディ・プの研究資料を探す旅に出るべきなのか。
答えが出るのは、まだ当分先のことになりそうだった……。 |