第7話 1/5P

  舞美が名前を与えてから、マリーはさらに成長を続けた。
  まるで、普通の人間のような速度で、体も心も大人に近づいていった。
「お母さん、私、そろそろ行くからね」
「今日はどこに行くんだったっけ?」
「友達と駅前で買い物。行ってきまーす」
  マリーの毎日はとても幸せそうだった。アルバイトも順調にこなしていたし、女の子の友達もできたようだった。
  最初は、何か事件が発生するのではないかと不安に思ったものだが、マリーは舞美の考えている以上に大人になっていて、自分の素性などは上手くごまかして付き合っているらしかった。
  平穏な生活は何年も続いた。
  どこからどう見ても、舞美とマリーは母娘だった。
  二人とも幸せだったが、その一方で別の問題も出てきた。
  マリーは社交的で明るく、友達も多くできたが、舞美の姿は変わらないため、数年ごとに住む場所を変えなければならないという事情はそのままだった。
  それは、マリーが数年ごとに友達と別れなければならないことを意味しており、舞美にとっては心の痛む話だった。
「そんなに気にすることないよ。今はメールだってできるし、どこにいたって電話で話もできるんだから」
  次の引っ越しの時期が近づいてきたとき、マリーは笑顔でそう言った。友達と別れることよりも、舞美と一緒にいる生活を常に優先してくれていた。
「ねぇ、マリー。日本での生活のことは覚えてる?」
「日本の? 覚えてるけど……」
「あんなふうに家を買って、そこで落ち着いた生活をしてみない?」
「それは……いいとは思うけど……」
「また、前みたいに丘の上に家を建てて、そこでのんびりと暮らすの。そしたら、マリーも友達ができても、お別れせずに済むでしょう?」
「もしかして、マリーのために……?」
「それもあるけど、もう何年かに一度の引っ越しが疲れちゃったのもあるかな。私が人付き合いに気を付ければいいんだし、ひとつの場所でゆっくりと暮らしてみたくなったの」
「それならいいんだけど……」
「じゃあ、次の国は日本でいい?」
「うん、いいよ」
  永住先はすんなりと決まった。
  舞美は引っ越しの準備を整えて、百年以上振りに日本へと戻ることとなった。

  日本に渡った舞美とマリーは、以前と同じく小高い丘に屋敷を建てて、そこに住むことにした。
  驚くほど平穏な日々が続いた。
  文明が発展し、昔のように外出しなくとも様々なものが手に入るようになったため、舞美は極力人と顔を合わせないよう努めた。それを苦痛と感じることはなかったし、マリーと話をすれば寂しくはなかった。
「なんだか、私ってお母さんにすごく似てきてない?」
  ある日、脱衣所で自分の顔を鏡で見ながら、マリーがしみじみと言った。
「そりゃあ母娘なんだから似てきても不思議じゃないでしょう」
「そうなんだけど……なんだか不思議な気分。私、お母さんの顔になっていくんだ」
「まさか、嫌とか言うんじゃないでしょうね?」
「違うってば。嬉しいのよ。ああ、お母さんの子供なんだなぁって」
「何を今更……」
  マリーの言葉に、舞美が思わず微笑を浮かべる。
  過去がどうあれ、今の二人は母娘なのだ。マリーが自分に似てくることは、舞美にとって喜びのひとつだった。
「でも、不思議なものね。どうして、この数年で急に成長し始めたのかしら」
「やっぱりこう、心が大人になったから、体がそれについてきたんじゃない?」
「ふふっ、自分で言うの?」
「それしか考えられないでしょ」
  そんな会話を交わしながら、二人は一緒に風呂に入った。
  湯船に浸かりながら、今日一日の出来事を話し合った。
  幸せな時間が続いた。舞美にとっては、永遠に続いてほしいと思う時間だった。
  だが、その願いが決して叶わないことも、舞美はよく理解していた。
  マリーが成長し、自分と瓜二つになったということは、これから先は自分以上の年齢になっていくということだ。
  それは、マリーがゆっくりと死に向かっていることを意味していた。
  現在の成長の仕方は、人間のそれとほとんど変わらない。もしも、マリーの肉体がこのまま成長し続け、老いていくことになれば、一緒に暮らせる時間はあと五十年前後かもしれなかった。
「親より先に子供が死ぬのは、一番の親不孝なのよ?」
  自室から窓の外を見つめながら、舞美は寂しげな声でつぶやいた。
  拒んだところで意味はない。時間は常に流れて、やがて別れの時を運んで来てしまう。
  それならば、今と言う瞬間を大切に生きて、後悔のないように過ごしたほうがいい。
  いつか心が死んで忘れてしまう想い出だったとしても、今を大切にした生き方は決して後悔しない自信があった。
  それを教えてくれたのは、かつてのマリーであり、今のマリーだった……。

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