第7話 2/5P

  舞美が予想した通り、その後もマリーは成長を続けた。外見が舞美よりも徐々に老けていき、体の動きも鈍くなっていった。
「もう、外でお母さんって呼べないわね」
  ある日、向かい合わせの席で朝食をとっていると、どこか寂しげな様子でマリーがつぶやいた。
  確かに母娘と言って他人に納得してもらうには、かなり難しい外見になっていた。むしろ、マリーが姉で舞美が妹と言ったほうが、すんなりと納得してもらえそうだった。
「舞美、行きましょう」
  家の外では、マリーは舞美のことを名前で呼ぶようになった。
  最初の頃は違和感があったが、それも数ヶ月経つうちに慣れていった。
  見た目の関係は変わっても、幸せは続いた。外見が年上になっても、マリーは舞美のことを母親として大切にしてくれた。
  いつの頃からか、母の日にはプレゼントを贈ってくれるようにもなっていた。
  驚くほど穏やかな日々が続いて、舞美の心は常に満たされていた。時折、涙が出るほど幸せだった。
「年を取ると涙脆くなるって言うけど、私よりお母さんのほうが涙脆いわよね」
  あるとき、マリーにそんなことを言われて笑われた。
  気恥ずかしかったが、妙な嬉しさも感じられた。
「今が幸せ過ぎるからよ。あなたがいてくれるから、今の幸せがあるのよ」
「良かった。お母さんの娘になれて。もう娘って見た目じゃないけど」
「そんなことないわ。これから先も……何年経ったって、あなたは私の娘よ」
「うん、ありがとう」
  互いを信頼し合いながら、時は静かに流れていった。いつか来る別れの時を感じながら、毎日を大切に生きていった。

  外見が初老の女性に変わった頃、マリーは体調を崩しがちになった。明らかに体力が落ちて、外出する回数も減っていった。
  近くの公園にある桜の樹を見上げるマリーを見ていると、かつてのマリーと重なることがあった。
「マリー……」
  果たして、どちらのマリーに向けた言葉なのか。
  永遠を生きる舞美にとって、マリーと過ごせるであろう残りの時間は、あまりにも短く感じられた。
  季節は驚くほどの早さで過ぎ去って行く。
  マリーとの別れを感じ始めた頃から、時間の流れが加速したように思えてならなかった。
「桜の花が綺麗ねぇ」
  マリーが嬉しそうに言った。
「日本に戻って来てからは、マリーは桜の花が一番のお気に入りよね」
「ええ、今まで見たどんな花よりも、桜は綺麗だと思うわ。見てるだけで心が安らぐの」
「毎年見に来ましょう。二人で一緒に……」
「そうね。また、来年見に来ましょう」
  約束をした。
  子供のように指切りをして、来年の桜を楽しみに待つことにした。
  だが、その年のマリーは急激に体調を悪化させていき、やがて自分で歩くこともできなくなっていった。
  食事の量も減り、眠る時間が増えて、数年後にはベッドから下りられない体になってしまった。
「ごめんなさいね。舞美には苦労ばかりかけてしまって」
  マリーが家の中でも「舞美」と呼ぶようになったのは、果たしていつの頃からだったか。
  物寂しい思いを胸に抱えながら、舞美はマリーの体を濡れたタオルで拭いていた。
  いわゆる介護生活。
  舞美が世話をしなければ、マリーは食事さえ自分ではとれなくなりつつあった。
  できるだけ長く生きてほしい。
  一秒でも長くそばにいてほしい。
  そんな願いを抱きながら、舞美は以降三年間の介護生活を続けた。
  別れの時は、確実に近づいていた……。

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